People 6
個人力でも勝つ。
 チーム力でも、勝つ。
  それが今を生きる
   コンサルタントのあり方だ。
インキュベーション
Y.Matsuoka
一人コンサルタント事務所でスタート
大胆な提案で4社コンペに快勝
「今度、コンサルティング部門の中国進出を本気で立ち上げようと思っている。興味はあるか?」。入社4年目、三井住友銀行への出向を終え、日本総研に戻ったばかりでフリーの状態だった私に、役員から誘いを受けた。「ぜひやらせてください」。海外の案件なら、どんなものでも興味がある。当然のように二つ返事で答え、日本総研の現地法人に向かった。私は、中国の現地法人唯一のコンサルタントメンバー。自分で事業を開拓していくのがミッションだ。事業立ち上げに関わると言えば華々しいが、実際の仕事は驚くほど地味だった。名刺片手に日系企業の現地法人を訪問し、ニーズを拾うという地道な活動。「日本総研」の名は知られているものの、会話を商談ベースに載せるのは容易ではなかった。三井住友銀行の現地法人へ出向いて耳寄りの情報がないかと聞いて回ったり、各社の中期経営計画や海外戦略の動向がわかる各種資料をしらみつぶしに当たったりしながら、ニーズを探った。しかし、これという成果が出ない。一度日本に帰ると、次に中国に戻る足取りが重かった。2年が過ぎ、焦燥感で押しつぶされそうになっていたちょうどその頃のこと。ある企業から中国事業のプランを検討してほしいというオファーが舞い込んだ。4社のコンペ案件だった。どうやら自分が他社のコンサルタントよりも一番若手らしい。ならば、失うものは何もない。自分の中で、そう勝手に解釈することにした。クライアントから出されたコンペの要旨には提案の中で満たすべき要件が連ねてあったが、それを公然と無視。この2年間中国全土を歩き回り、自分の目と耳で見聞きした情報から導き出した骨太のアイデアを、このコンペにすべてぶつけようと考えた。クライアントのビジネスに最善の提案は、自分にしかできない。そのくらいの自信は、コンサルタントとして持ってしかるべきだ。コンペ当日。一見無謀とも思える私の大胆な提案が、意外にも先方に「刺さった」。コンペは快勝だった。クライアントが苦笑しながら言った。「プレゼンの時は、『こいつ話を聞いてないんじゃないか』と思ったよ。でも、君のアイデアは光ってたね。やられたよ」。胸が熱くなった。このプロジェクトを無事納品した後も、クライアントとは仕事観をお聞きするなどお付き合いが継続している。私にとって、この案件はクロスボーダーの案件を最初から最後までやりきった中国での初の成功体験だというだけではない。一人のコンサルタントとして自分を評価してくれるクライアントと出会えたこと。それが何よりも大きな収穫だった。
全員が当事者としてプロジェクトに関わる。
「最高のチーム」が生まれた瞬間。
中国ビジネスがようやく軌道に乗り始めた2011年。私はプロジェクトマネジャーとして、世界各国にまたがる3つのプロジェクトを同時に担当していた。中国では農村部に新しい事業モデルを構築しようという地域活性化プロジェクト。インドでは同じく地域活性化の案件で、現地で調達可能なリソースを用いて街興しを行おうというプロジェクト。そしてアフリカでは、日本企業の販売チャネルをいかに構築していくかというマーケティング調査だった。それぞれに若手のコンサルタントメンバーが現地に入り、調査を実施。その分析結果を逐次日本に報告してくる。それを受けて私はクライアントとの定例ミーティングに臨み、分析結果の報告と提出を担当していた。時空を超えたチームワークが不可欠な仕事。だが、時差と現地のインフラ整備の悪さが大きな壁となって我々チームに襲いかかってきた。「なぜメールが届かない?今向こうは何時だ?」ぼやきながらのメールチェック。交通機関もあたりまえのように遅れる。「すみません、飛行機が飛びません。今週の報告には間に合いません…」メンバーからの電話に頭を抱える。しかし、困難はチームを強くする。アフリカのメンバーが手詰まりになれば、インドのメンバーが業務を引き受けた。中国のメンバーと私とがメールで議論していると、アフリカのメンバーが「ちょっといいですか、私はこう思うのですが……」と意見をかぶせてきた。そうしたことが、誰からともなく自然発生的に起こり始めたのだ。全員がプロジェクトの責任者として当事者意識を持って仕事にあたる。リスクのあるプロジェクトであればあるほど、「面白いね」「これはやるべきだね」と自らリスクを取って後押ししてくれる私の上司が、我々チームを見守ってくれているからこそ生まれたチームワークなのだと思う。コンサルタントといえば、かつては欧米のフレームワークを使って分析するだけで仕事になった時代もあった。しかし今は、具体的な事例やプロジェクトを持って提案しなければ仕事にならなくなってきている。だからこそ、コンサルタントは「個人力」だけでは成り立たない。力を持った個人が、互いに意見を言いながら新しいものを作っていく。そうした「チーム力」こそが、今後のシンクタンクビジネスにおける競争の源泉になっていくのではないかと思う。
行動に移せるシンクタンカーとして
世界中で存在意義を発揮
現在は、スマートシティと言われるCO2排出量を最小限に抑えた都市づくり、より良い社会づくりの導入提案を行っている。クライアントは、急速に成長を遂げ、都市問題が顕在化しているアジア各国の大都市だ。タイ、中国、インドネシア、マレーシアなどでプロジェクトを進めていく中で、次第に課題も見えて来た。スマートシティの導入には、様々な企業が関わる。日本総研は日本のメーカー支援という形で動いているが、アジア各国のメーカーの価格優位性は大いなる脅威だ。そこでまず、我々日本総研のコンサルタントが先頭に立ち、スマートシティの導入を検討しているアジア各国の政府と議論を進める。さらに日本の経済産業省も巻き込んで全体コンセプトと各社のフォーメーションを立案し、パッケージとして提案する動きを行いつつある。今後は、都市機能や交通機能などに対しても、日本の企業が協業し、パッケージ化してアジア各国に提案するという発想の転換をしていくケースが増えていくことになるだろう。日本総研のコンサルタントは、「行動に移せるシンクタンカー」として、これからも時に先導役、時にサポーターとなり、日本企業の成長を支援していきたいと思う。
Profile
所属
創発戦略センター
入社
2003年
専攻
理工学研究科応用化学専攻
趣味
マラソン。
中国勤務時代は朝走ってから出社しダイエット&健康を維持
日本総研でのキャリア
コンサルティング部門を経て2005年に三井住友銀行に出向、
2006年よりコンサルティング部門に戻り中国事業立ち上げに関わる。
2010年にインキュベーション部門に異動し、再び中国事業を担当、
2014年よりシニアマネジャー。民間企業との共創による新事業立ち上げを推進。